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わたしが嵐を嫌いになった日~デリケートに好きして~

すごく、すごく長いエントリーになってしまいましたし、読んでいただいておもしろおかしいものではないかと思います。
ですが、ツイッターではなく、やっぱりわたしはここで、ありの~ままの~すがたみせるのよ~(2016現在にしてなお使う)と思い、こちらで書かせていただくことにしました。

いきなり記事出るなんだ唐突!だった、七夕地獄変 から、もう2週間ですか。
もう2週間、まだ2週間、人によってとらえ方はそれぞれだと思います。

以下、身もふたもなくいってしまえば「ひとそれぞれ!」ということを、無駄に文字数を重ねてかいただけですので、それだけは先にご理解の上で読んでいただけたら幸いです。

さて、記事が出て 超絶ナーバス になったわたし。夏の風物詩、オリンピック周期、つわものたちはそういうが、知らなか~ったけど本気愛~♪(ベリーズ工房さんの『付き合ってても片思い』のメロディーで読んでください)あっわたし本気愛だったんだ、そうなんだ、えっなにこのタイミングでそこに気づくの?なわたしは、超2ナーバスでした。

なにも、かわいいあのこが、万年彼女無しだなんておもっちゃいない。モテるわ!モテるでしょう!!モテないわけが!!!わかってる、わかってるけど、すきなもんはすきだから…アナタガトゥキダカラー!(SE:銅鑼)
そう勝手に好きでいる分には、なんの支障もなく、いつまでも嫁にいかず親から心配されるくらいで少子高齢化に加担してごめん、でも毎日、びっくりするくらいわたしは幸せ…!でした。

片思いでもしあわせ。すきなひとがいること(それ月9)は、しあわせ。だから彼女がいようがいまいが、すきなものはすきで、ありがたいことに「彼女がいようがいまいが」の部分を忘れたフリ(あくまでフリ)させてくれるくらい、にの自身は、嵐のカズナリ~ニノミヤ~(bay storm)として、わたしたちの前にでてくるときは、そういう気配を表にださない最も秀でた俳優でした。

だからこそ前も、今回も、記事が出てはじめて、ギャーーーーース!!!!!ってなったわけですが、その記事が出る前に、なにかをつかんでいた名探偵はいたのでしょうか。すくなくとも、わたしはまっっっったく気づかんかった。毎日にのの弾む尻をみてだんじり!弾尻祭り!と騒いでるだけでよかった。最高のパフォーマンスを前に、ハァ~~ン!ってなってるだけでよかった。

だからこそ、記事なんて寝耳にウォーーラーー!そりゃもうナーバスでメランコリックでセンチメンタルでポエティでした。かなしい詩などしたためて、自分のブロークンハートをリカバリーするのに専念するしかない、ここからの人生は出家したつもりで、瀬戸内寂静ソウルでいこう、とさめざめ泣いて暮らす所存でした。

好きすぎてバカみたい、あなたなしじゃ生きていけない、つって口を開けばつんく♂ソングばかり。なのに、ついったにもヤフーにも毎日あれやこれやと検証だの下世話な推測記事があがって、しまいには、ハイパーみっともないタグ(おっとオブラートにつつめなかった)でツイートするひとまで出てきちゃって、そこからは生き地獄でした。

悲しいのは悲しい。さめざめ泣いた。でも、地獄までまっさかさーーまーーにーーおちてデザイア!!!したのは、にののせいじゃない。断じてちがう。悲しいのは、にのを勝手にすきになって勝手に知らなかったけど本気愛~♪になって勝手に失恋した気になったからだもの。失恋だもの。にんげんだもの。

裏切られた?WHY~ジャニーズオタクゥ~!!!!

ええそりゃもうつらたん…でしたけど、アイドルさまを好きになったサダメでもありますし、そんなん、お~わりから~はじめたこい~ですし、いまはどんなにか悲しくても、いつかその傷をいやしてくれるのも、また嵐、やっぱりにのがすき、になるのもまたサダメ…思っていました。なにせ担降りとか1ミクロンも考えられなかったから。

だってこれまでどんだけ幸せにしてもらってきたか!いま悲しくとも、あの日あの時あの場所で(byカズマサオダ)感じた幸せが、どれだけわたしを救ってくれたか!NOあらし、NOらいふ!あかん、めっちゃすき、こんなことになって余計に好きが募るから、どれだけ大切なものだったか思いしらされるから、ああ~余計に悲しいうぃーね!しまいには、もしこのタイミングでアリーナツアー復活当選したらわたしどんな顔したらいいのかわからない…笑えばいいと…思うよ…!?!?!?~残酷なジャニオタのテーゼ~っていう宝くじあたるレベルの妄想までしてよくわからないテンションにすらなっていました。そしてしょんぼりなジャニオタをみたカタギの友人から婚活をすすめられる始末。えっ急に現実おしよせてきたね?

それなのに地獄に落ちたのは、この記事タイトルどおり、『嵐を嫌いになってしまった』からです。

しょうちゃんが、以前夜会で口にした「"嵐"というプロジェクト」ということばはすごく、しっくりくるものがあって、わたしのなかでもいつのころからか、「嵐」というのは、あのスーパーボーイズでありラッキーボーイズである5人のみそじアイドルを指すとともに、そこにファンが加わったものも、またまぎれもなく「嵐」であるという認識が生まれていました。

嵐にであって早幾年、毎日笑って泣いて幸せで、ああだいすきだなあ、と思えたのは、5人がだいすき、というのはもちろんですけれども、同時に、あの5人をだいすきになったことで出会えた、「嵐ファン」と、そのだいすきをわかちあえる時間も、けして少なくない割合で幸福感を感じるものでした。

直接会うことができた方々、会ったことはなくてもブログやツイッターで会話を交わした方々、直接コンタクトをとったことはないけれど、こちらが一方的に呟きなど拝見して楽しませていただいていた方々、そこから得たうれしいたのしいだいすきな時間、をひっくるめての、「嵐」を、わたしは愛していました。百年先も一億年の愛を誓えるし、このきもち、さては8千年すぎたころからもっと恋しくなるやつだな・・・?とすら思っていました。

でも、今回の一件でわたしがみた、いくつかのツイートは、そんな気持ちをめったうちにしてびっりびりに引き裂くようなものでした。どんなにか、これが嵐ファンを仲たがいさせるための陰謀であれ…と願いましたが(陰謀説を唱え始めたらおわりやでぇ…、と常々思ってるわたしがこの思考にいたるほどおいつめられたことを、自分自身でおそろしくおもいました)、アイコン写真、プロフ、過去のツイート、ツイート元アカウントのフォロワーさんや、その記事へのいいね!やリプライが、

あかん…これマジモンのあらしファンのひとや・・・・

と、訴えかけてきて、現実逃避すらさせてくれませんでした。

感じ方、考え方はひとそれぞれ。そしてつぶやく自由が各人に与えられていて、わたしも、当然そのひとの意見を打ち消すことはできません。けれどあまりに、むごいと。これを、あらしファンのひとが、それもメンバーの顔写真アイコンや、はっきりそうとわかるプロフのまま、おおやけにつぶやき、共有したのだとおもうと、血の気がひきました。

どういう内容であったかは、あえてここでは書きません。わたしがここまでうちのめされようと、その内容を支持する方、共感する方も多くいらしたのでしょう。わたしがそのつぶやきを目にすることになったのも、そのつぶやきをした方々が、一定数のフォロワーさんをもち、拡散されたからこそ、なのでしょうし。でも、だからこそ余計にわたしはレギュラーの西川くんみたいに気絶してしまったのですが。

一瞬意識が遠のいたのち、はっ、夢かって永野さんのネタみたいに夢オチだったらよかったんですが、そんなうまい話はないもので、目覚めたわたしに生まれた感情は、強烈な不快感と憎悪、でした。

はっきりと、大嫌いだ、と思いました。

そんな感じ方をするひとを。そこにいいねをするひとを。それをRTするひとを。嫌いだ、憎いとすら思う、その感情はどんどん膨れて、そのアイコンについたメンバーが、わたしのだいすきなひとであることに、ただただ、絶望しました。お願いだから、メンバーの写真で、メンバーを模したアイコンで、プロフで、そのことばを呟かないでくれ、それ以上言わないでくれ…心が曇る…と思いました。
しばらくは、TVで嵐をみかけるだけで、憂鬱なきもちにまでなりました。こんなにだいすきでだいすきでしかたないあのひとたちなのに、その気持ちはいまもまったく変わることがないのに、あのアイコンが、あのつぶやきが、頭をよぎるのです。地獄でした。おにーーー!と思いました。

何度も書きます。感じ方は人それぞれ、捉え方も、人それぞれです。そのつぶやきをした方々も、わたしがこんな気持ちになったなんてしったことか、と思うでしょう。それどころか、多くの人にフォローされつぶやきを共有され、いいねをもらい、コメントで肯定されているのですから、勝手に見て勝手に絶望しているわたしがマイノリティともいえます。

でも、結果的に、わたしはうまれてはじめて、嵐を嫌いになりました。
世界で一番好きだった、たいせつだった、しあわせをくれた、ファンをふくめての『嵐』というものを、あの日、はじめて嫌いになりました。

外野の言葉なら、シカトするハッハー!でよかったのに、内野で起きたことはシカトしようがないジャマイカ!!!

ですので、感じ方、考え方はひとそれぞれ、そうわかっていても、一寸先はダークサイド、というのがいまはしんどくて、だいすきなものをこれいじょう喪うのがつらくって、このたび、わたしのアカウントからのフォローは情報系のぞいて全部解除してしまいました。これからはみたいものをみたいときにこっそり覗く形で楽しませていただこうと思います。

ちょうど、DMが自由に開放できるようになった時点で相互フォローの特性をあまり感じなくなり、フォローではなく、リストでの管理を検討していたので、そういうタイミングだったのだ、とも考えています。

誰かとつながっている、という状態は、幸せなことでもありますが、同時に、自分の吐き出した言葉にどれだけ責任を持てるか、と考えると、わたしがいまこうして、いちあらしファンとして、いちニノスキーとして、何を言えるのだろうかと、正直途方にくれる気持ちもあります。

でもまだツイッターもぶろぐも、当然あらしファンであることもやめたくはありませんので、これからは~デリケートに好きして~をスローガンに、たいせつなものをたいせつにして、過ごしていきたいなあと思います。


+++


しかしこんな長文エントリーひさしぶりで、結局3日3晩かけてこれ書いたんですけど、味見しすぎてもはや何味かわからなくなったカレー状態です、すみません…。

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| | 2016年08月14日(Sun)21:22 [EDIT]


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| | 2016年08月14日(Sun)21:47 [EDIT]


 
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