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弱くても、見てます。~見える?見えない?編~

今回はロング・ロンガー・ロンゲストの後半部分、ドラマ本編の感想についてつれづれ書いております。今のままだと、ただの視聴率とOTAの最終戦争の話しかしていないという残念具合でしたので、時間の無駄無駄無駄ぁ!とジョジョになられた方ゴメリオン・ジョジョリオン!

ただ、こちらも元記事に追記追記で結局また長々書いております。もう3話。まだ3話。いろいろものおもうところがありますので、ほんとにいくら書いても書き足りない気持ちなんだもの!っとまあ、本気で長くなってしまう&これからも追記したい、ので、今回以降、テーマごとにまた細分化していこうと思います。

今回は【見える?見えない?編】と題しまして、お届けでござい。

※3話まで視聴した時点で書いたもので、そこから追記追記追記…ってしてたら公開がこんな時期になってしまいました。ということでドラマの直接的内容については、この記事内で3話までしか触れられていませんのであしからず~。

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【見える?見えない?編】

初回は、たもせんせいの語りからスッ――――と入り込んで、あっという間の90分でした。っていうか前エントリーで書いた通り、私は初回録画視聴だったので、ボタン一つでCM送りしてしまったのですが、それでも結構CM多いな!という印象でした。あれリアルタイムで見た方はそこそこストレスだったんじゃ…と思うのですがむにゃむにゃ。

今回は原作、というか、原案、というか、元になるもの・材料は提示されててそこからどう調理・味付けするかな、という作品なわけですが、たもせんせー超絶キュートじゃね?と思わず若かりし頃のショウ・サクライ調超!で独り言をつぶやくくらいたもせんせーキュート!むしろ℃-ute!(それハロプロや)高校生時代はもちろんのこと、いまのたもせんせーが、リアルタイムたもせんせーが、輝きを秘めたハートビート刻みすぎて、やまっこ二人のハートハンドサインをセルフプレイで画面に向かって捧げる始末。まっぴるまからOTA標準装備なモイキーさを全開に挑んでます。ATフィールドじゃない、OTAフィールド全開だ!

そして海老蔵さん、海老蔵さんやあぁ…!こわっ!えびぞうさんこわっ!と、ギャグマンガ日和の、うさみちゃん目こわ!な勢いで怖い眼力におびえつつ、でもヨワカテ感想として巷でチラリホラリきく「回想シーンのえびぞう氏が高校生に見えない」的部分は、個人的には違和感なかったです。なんというか高校生にみえるかみえないかをそもそもの問題点にしていないので、違和感、というよりすんごい異質感、が、やちださんのオーラ的なものとして変換されたので、おっけーおーらいでした。(高校生に)みえね~wwwっていうネタというか、「w」つけてしまいたくなる私、的な感情は理解しますが、もし真剣に「あんなの高校生じゃない!」って怒ってらっしゃる(?)んだとしたら、1/3も伝わらない@シャムシェイド、感情なんですが~にんともかんとも。

これは「にのが教師にみえない」とか「野球なめるな」的感想に対しても同様で、フィクションって、エンターテイメントって、発信側と受信側が、同じ方向・近しい感性を持っていたら、とても幸せで良好な関係が築けるけれど、そうでなかったら、こんな感想がでてくるんだなあ、と呆然としてしまったところがありんした。多分、上記の感想をお持ちになった方にとって、私の持つ感想も、まったく同じ言葉を返されちゃうんだろうけども。

だってまず「見える・見えない」問題については、そもそもが「教師らしい教師」「教師のテンプレどおりの教師」「THE教師!」じゃない人、として描かれている、たもせんせーなのに、それを指して「教師にみえない!(ドヤァ!)」ってあーた…!!!あ、はい、そうです…教師にみえませんよね、ザッツライ、そのとおりです…、なわけで…。

私はその、「見えない」「らしくない」設定を、壇上でノンストップもろもろぶっちゃけ愚痴挨拶(挨拶同様ブレス少な目)したり、ふてくされフェイスだったり、ちょっとつんつるてんな丈パンツだったり、ポッケにインしたままの手だったり―――――という初回冒頭部分だけで十二分に提示して呑み込ませてくれた、たも先生というキャラクターが、一人の人間として興味深く、とても生々しく感じましたし、そこが面白い部分だと思ったので、とにかく、えっ、見えるとか見えないとかって批判される部分なの!まじでか…!と愕然とした次第です。そして同時に、そこがひっかかるってことは、ドラマのキャラ設定という根本にひっかかっちゃってるということなので、こんなドラマみてらんねぇモードになるのもわからんではない、のかぁ…。

あと、見た目の、「見える・見えない」の単純さ同様、"答え"がはっきり見える、見えないっていうのも、もう一つのポイントなのかなあ、と。

「弱くても、勝ちます。」じゃあ、どうやって?これから何が起きるの?の、答えもそうなんですけど、ヨワカテはすんごいストレートに「答えです」ってあからさまな答えを教えてくれるんじゃなくて、受け手に一度ボール(質問)を投げ返して、ああこういうことだったんだ、自分発信で回答させるつくりをしているから、自分でまず受け取る、という作業を好まないひとだと、面白味を最大限に感じ取れないのかもしれない。決め台詞があったり、善悪のわかりやすいものがウケるっていう、すごくシンプルな面白さが、今の流行りのようにも思うので、そこからも外れてるんだろうな、というのは確かにそうなんだし。

でも、わたしは自分相手じゃない、壁相手のキャッチボールをしている時すら、受け取る気マンマンというか、もうのめりこみすぎて、ボールやグローブの気持ちになりたい、とかもうそこはええやろ!というところまで考えてしまうようなタイプで、つまりそれがOTAKUなんだよね、と自覚しているもんだから、そりゃ、楽しむほかないという気持ちなのだなあ~。

初回予告でも何度も使われていた、「アウトを3つとる以外の方法はなんだ」ってそれがモロにでているというか、その回答をずばり言っちゃうと、「それ以外ない!(あとは反則)」で終わっちゃうんだけど、それを本気で問いかけるたもせんせーがいるから、生徒自身、そして視聴者の誰もがわかっていた「アウトを3つとる」正解を導き出せた、……けど、ここでハッピーエンドじゃなくて、日没試合になっちゃうっていうのが、ドラマだけどドラマじゃないっていうまた絶妙なさじ加減で。

ワーイやったーやっと3アウトとれたー!って無邪気に喜ぶへっぽこ君たちの姿と、そのあとの日没コールの後のなきべそ、ってあたりからも、とにかくでてくるへっぽこ君たちが、頭脳は優秀という設定もあることで、より『紙一重!』でもあり、全力でどこかおかしいっていう、愛すべき人間なもんだから、いざ問いを投げかけられても、必死に苦悩して悩み回答したっていう重さや、視聴者へのプレッシャーもないんだけど、そのプレッシャーの少なさが、視聴者に『受け取り・考える』ことを意識させなさすぎて「あれ?結局なんなの?アウト3つとる以外方法教えてなくね?」みたいな拍子抜け感を感じちゃう人もでてくるんだろうなあ。

2話の「俺が俺が」を経ての3話で「他者の気持ちを考える」っていうのも、2話単独、3話単独で考えちゃうと、アッサリめに感じるけど、2話から3話にかけてトータルで考えてみると、あのへっぽこ野球部くんたちが、ドラマでは週に1回の時間内でしか姿をみられないけれど、彼らは彼らの時間軸で生きていて、生活していて、ここにつながっていくんだっていうのと、やっぱり、ヨワカテが連続したドラマ=連ドラ、としてのボールを投げてきてるんだな、っていうのをすごく感じたし、リピるとまた違うものが見えるっていうのも、ますますこちら側の見方次第なわけで。

押し付けない、ひけらかさない、けど、自分で答えを考えようとしないと、本当の答えが分からないまま上滑りしてしまう。ドラマという一つのエンターテイメントを、楽しむのも、楽しめないのも、自分次第だから、そういう意味では、見る人を選ぶ、というよりは「見える人を選ぶ」ドラマなような気もしてきましたよ…。

残念なことに、わたしは勘が鋭いほうでもなく、投げられたボールを即返答できるほど反射神経も目もよくないものだから、現時点で出している答えも、とても100点がとれる回答ではないだろうし、もっとこうしたらいいな、とかそれこそ好みの問題でもの思う部分もあるけれど、それはいつものこと(ぎゃふん)なので、やっぱりヨワカテ面白いよ、わたし「が」書く感想では少なくとも、「面白いよ」ってところをめいっぱい書いて楽しんでいきたいなあ~。

とその結果がまたこの長文なわけですが…。いやでもほんと、見れば見るほど面白い、ちゃんと面白くみようと思うとどんどん面白くなるドラマだと思うので、これからも弱くても、見てます、していきますよ!

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| | 2014年05月11日(Sun)17:16 [EDIT]


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| | 2014年05月11日(Sun)18:41 [EDIT]


 

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